東京フィルメックス 2006
11月19日 日曜日
Shadow of Angels / Schatten der
Engel 「天使の影」 1976年 105min ダニエル・シュミット
ドイツの暗い産業都市の橋の袂で淫売をやっている娼婦たちとその男の話。「ラ・パロマ」から続く黄金のデカダンスカップル、イングリッド・カーフィンとファスビンダー。イングリッド・カーフィンはいつも商売仲間に男を持っていかれ、寒い中一人で凍えて立ちんぼを続ける。ヒモ役のファスビンダーはいかにもはまり役で、狂気一直線の彼は嫉妬など凡庸な感情など持ち合わせず、イングリッド・カーフィンがどのように男たちとセックスをしたかを聞いて興奮するだけだ。
中盤、バーで黒人女性が熱唱しているのが、次第にシフトしてゆき、いつの間にかオールキャストの幻想シーンとなる。
その夢の狂気がviolanta の洞窟のシーンのように、ある一人から、次の一人へキャメラが暗闇の中を移動してゆく。ぽつぽつと記憶の底から人影が浮かび上がるように(つまりあの狂気のシンガーたちが天使だったという事か?)、亡霊たちが我々の眼前に姿を現し、声を張り上げるか、意味不明の散文をつぶやいて闇に消えてゆく。ファスビンダーの「かたい」脚本に、シュミットの「悪夢」が融合しはじめた作品であり、次作ヴィオランタでその幻想はさらに押し進められることになる。
Violanta 「ヴィオランタ」 1977年 95min
ダニエル・シュミット
ヴィオランタという未亡人の女判事が、スイスの富豪屋敷を取り仕切っている。彼女の前に、毒を盛って殺した前夫の息子が突如姿を現し、自分の妹の存在が初めて明らかになる。兄妹である2人は、簡単に恋に落ちてしまう。
スイスアルプスをこれでもか、という360度パンでゆったり見せきってしまうレナード・ベルタの撮影は極上。そこにしかあり得ないと思われる風光に、人間を溶け込ませるその視線は傑出している。妹が本意でない男と結婚させられてしまうその結婚式を、遠目のワイドショットで教会の鐘ががらんがらんとなる中、遠目より結婚式の一団ががやがやと歩いてくる様は、侯孝賢の「好男好女」の冒頭のショットのように美しい。ベルタはヴィスタサイズで闇を捉える事にかけては映画史上No.1
だと思うが、彼はこの風景と人を融合してしまう(それはよくアジア的とも言われるが)センスも併せ持つ。
中盤、山の中腹で叶わぬ愛にフラストレーションを溜めた兄が、洞窟に入ってゆくとそこで数々の亡霊と出会う。自分の母親(妹とはどうやら腹違いらしい)も誰かに暗殺されたらしいのだが、完全に気が振れて洞窟の中でたらら〜と踊っている。他にも暗殺されたらしき様々な亡霊と出会うのだが、照明の明滅だけで亡霊が出ては消え、画面奥のまた別の亡霊が現れ、消えてしまう。ローバジェットな演出ではあるが、シュミットがやると優雅な幻影となってしまう。
「人生とは惰性で生きるもの」など、セリフや画面設計(照明)には頽廃的な空気が漲っていて、あの叶わぬ兄妹愛に暗く沈む兄は、ただ階段に座ってぶつぶつ一人ゴチているだけ。しかし、この男の一人ごちすら何か含蓄ある言質に聞こえてくる。幻聴なのだろうか。最後、結婚式の宴が盛上がるところで幕が閉じるが、天井には気が振れたイングリッド・カーフィンが首を吊ってぶら下がっていた。
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