釜山映画祭日誌 2005
10月8日 土曜日
今、デトロイトで成田行の乗り継ぎ便を待っている。経営悪化・会社更生法適用でノースウェスト航空は、ルートの合併・効率化をガンガンに進めていて、ずっと利用していた東京ーニューヨーク便は廃止された。ニューヨークから釜山に行くには、デトロイト、成田でと2度乗り換えねばならぬ。ここデトロイトはアジア行きの発信基地と化しており、このフロアは中国のおばちゃんでごったかえし、上海訛りの北京語(と思うのだが)が飛び交っている。彼女たちは、見るからに団体観光客なのだが、ニューヨークからの便ではフライトアテンダントを質問攻めで圧倒していた。おばちゃんにとり怖れるものは何もない、このフロアをも席巻している。私は関西出身なのだが、梅田の阪神百貨店で買い物をしているおばちゃんのように思えてきた。私の隣のおばちゃんは、いまハンドクリームを手に塗りながら対面の友人とおしゃべりしている。ちょっとクリームを出し過ぎたようで、友人に少し分けてあげている。
このデトロイトのノースウェスト・ハブは、最近出来たばかりのようでかっこいい。横浜倉庫街のように巨大な吹き抜けの、長ーーーい空間で、遙か向こう300メートル先が見えるぐらいだ。その屋内の空中(2階ぐらいの高さのあたり)を、静かな無人モノレールが走っており、5分おきにウーーーンという慎ましい駆動音とともに通り過ぎてゆく。小さなテレビが点在しているという空港的な風景はなく、見通しのきく空間の彼方に巨大スクリーンがデーンとある。音声は、待合いゾーンにある無数の柱からこれも抑制のきいた音量で流れていて、テレビを視聴したい人だけその柱の近くに座ればいいということだ。ここから最低でも60メートル先にあるスクリーンを見ながら、すぐ横の音声を聞くのは不思議な体験だ。無声映画を見ながら、ラジオを聞いているかのような気分になる。
雑談はさておきそろそろボーディングが始まるようだ。ガムを噛んでる隣の上海おばちゃんも身支度を調えだした。
10月9日 日曜日
成田からの乗り継ぎ便で相方エリック(Big Riverの共同脚本、撮影監督)と合流し、釜山にようやく到着。
去年は迎えの車が来ずに、自分で手配に奔走しなければならなかったが、今年はちゃんと送迎車が来てくれていたので一安心。ハリウッド大手のパブリシティ会社Film
Finders のPeter Belsito 氏と偶然空港の両替所で出会い、車に同乗する。アメリカでは星の数ほど製作されるインディー映画を、映画祭や配給会社に宣伝するこのようなパブリシティ会社が現在躍進している。普通なら、作品の配給・公開が決まった後に宣伝と考えるところだが、インディー業界ではまず配給元を見つけるまでが難しい。そこで、パブリシティ会社が、独自のコネを活かし、大型映画祭に宣伝、そこでの上映をきっかけに国際マーケットに売り込むのだ。今では、映画の制作予算にその経費が含まれるのが当たり前。なんでも分業化し、新しい仕事を生み出してしまうアメリカらしいところだ。とにかくそのBelsito
氏と車中で、いろいろ映画祭やマーケットの話を交わす。拙作「Big River 」の上映にも顔を出したいと言ってくれたが、「映画祭では映画は見ない。人に会いに来ている」と断言していただけに社交辞令のように聞こえる。本人も「アレ?」というバツの悪い表情をしていた。
滞在先のグランドホテルに到着。ロビーにて、プロデューサーの市山氏とスポンサーである東京テアトルの佐藤氏に会い、さっそく釜山海鮮料理を食べる。作品を完成させて暫くたった後に初めてスポンサーと会ったのだから、奇妙であった。成人して漸く脚長おじさんに会えたみたいだ。お世話になりましたと、本当に今更ながら挨拶する。
その後、"Korean Film Night"と賞する韓国フィルムコミッション主催(だと思う)のパーティーに参加。コンペ審査員長のキアロスタミに会う。初めて会うが、思った通り、全く食えない巨人。このような場で会っても何も話したことにならないもんだ。ベルリン映画祭に招待してくれたプログラムディレクター・クリストフとダブル・エイトカメラ(ボレックスのような軽量カメラで、16mmフィルムを2度露光させ、2本のスーパー8にしてしまうというマニアックな代物)の話で盛り上がる。
ホテルの帰ったのは午前3時。エリックも自分も初日は思わずはしゃいでしまうのは、変わらない。明日は時差ボケと二日酔いで苦しむのは目に見えてる。
10月10日 月曜日
朝9時に起きると、10時30半からコンペ作品のプレスカンファレンスがあるからメインプレス会場に出頭するようにという手紙がドアの下に。夜中にホテルに戻ったときはなかったのに。映画祭事務局は寝てないらしい。「早く言えよ〜」と相方エリックと文句をたらたら、会場に急ぐ。
映画祭メイン会場であるパラダイスホテルにて記者会見。どうやら他の監督への報せもギリギリだったらしく、2,3名来れなかったようだ。ニューヨークでぺーぺーのAD
をしていた時、お世話になったNHKアメリカの元社長に会う。世界は狭いもんだ。
その後、市山氏、エリックとソルロンタンを食べ、映画祭事務局PIFFセンターにIDカードを取りにゆく。今日、Big River の上映があるというのだが、いつ何処にゆけという情報は誰も教えてくれない。映画祭ではよくあることだ。事務局は、上映後のQ&A
があるから時間前に会場に行っておいてくれとのこと。具体的にどの建物のどの部屋の誰に会え、とかいうのはどうでも宜しい、ということだ。そんなアバウトさもいいかもしれない。オダギリさんの事務所社長國実氏と園子温監督が、Big
River 上映に来ると言うことで、チケットセンターで関係者用招待券を貰おうとすると、もうないとのこと。そんなアホな。ボランティアの女の子は、愛想よく「じゃあ、他の映画を見てはどうですか?」と。話す気も失せる。
ともあれBig River の初上映は首尾良く終了。 Q&A では客の熱い反応に驚く。日本であれば「質問在りますか?」と来れば、シーンとなって司会者が「じゃあ、監督は・・・」と場つなぎの質問を考えると言うパターンになりがちだが、釜山では挙手数多。若い女の子が一生懸命考えて質問する姿に逆に感動した。このような場で遠慮・慎みは余計だ。
その後、パーティーに参加すると、元ベルリン映画祭ディレクターのグレゴリー氏に会う。Big River の上映に来て下さったとのことで、曰く「ヴェンダースの日本人の後継者だ。」前作はジャームッシュと言われ、今回はヴェンダースと言われたりと、他の作家との類似性で語られてしまうのはいかがなものかと、複雑な心境のまま泥酔する。
10月11日 火曜日
プロデューサーの市山氏の依頼で、侯孝賢のインタビューをエリックと撮影する。
北野武監督「Takeshis' 」を見たという侯孝賢の感想を聞いた。今回は釜山映画祭が新しく立ち上げた学生用映画製作ワークショップの主任講師を務めているそうで、全く映画祭自体には参加せず、毎日生徒の個人面談で大忙しだとのこと。撮影にはジャ・ジャンクの撮影監督ユー・リクワイが教えるなど、錚々たる講師陣だそう。ジーンズにスニーカー、スタジャンに野球帽という姿は、山野の立ち飲みバーに居てもおかしくない装いだが、話し出すとちがう。異常なテンションで毎日盛り上がる業界関係者を尻目に、自らの世界を淡々と波及させる侯孝賢はとても魅力的であると同時に、相当厳しい闘争を潜り抜けて来た凄みがあった。これだけでも釜山に来た甲斐がある。
ホテルに戻ると文化庁の広報記者会見をやっていたので、顔を出してみる。
昨年より始まった韓国での日本映画祭。文化庁文化部部長・寺脇研氏のセレクションにより、去年は「青春映画」という括りで増村保造、澤井信一郎、森崎東や、曾根中生、小沼勝の日活ロマンポルノ作品などを上映したそうだ。今年はさらに村上透、神代辰巳、根岸吉太郎などが45作品が上映される予定だそうだ。文化庁がロマンポルノを自信持って他国へ推薦する、とは素晴らしい展開だ。こんな中で神代辰巳特集を組むという理由でなみおか映画祭への補助金打ち切りを表明した青森市教育委員会の決定は、時代を無視した暴挙であると言いたい。ここは是非とも寺脇氏に同教育委員会へ直截、お上より行政指導をしていただきたいものだ。(実際、なみおか映画祭へは文化庁より直截助成金が降りている。)
その後、元カイエ編集長ティリー・ジェスの監督デビュー作「invisible 」を見る。暗闇でセックスした女の未だ見ぬ容姿について想いを巡らす男の妄想と、彼のノイズミュージックへのオブセッションをシンクロさせてゆく仕掛けは面白いものがあった。しかし最後、ある小さな例え話で全体を纏めてしまうあたりは軽すぎる。ソン+イマージュ(=ソニマージュ)を鋭く展開するのだが、それから先をどうするか考えあぐねたのだろう。すっきりと纏まっているため、知的に分かった気になる作品だ。
続けて、「Water Mill」 (李晩煕 Lee Man-hee, 1966)を見る。傑作である。 李晩煕の作品は恥ずかしながら初めて見たのだが、封建制に搾取され続ける貧民百姓が妻をも地主に奪われ、死まで追いつめられる話をどっしり暗く描いている。モノクロームのシネスコの撮影は突出していて、男の精神的破綻をとことん追求していて素晴らしい。躊躇なく、臆することなく暗さを描いた映画として記憶されるべきだ。途中、3巻目と6巻目の音声が消失していてサイレントになってしまったが、アクションで全て分かってしまうし、感じられてしまう所が逆に作品の強度を証明していた。
10月12日 水曜日
プレス・スクリーニング。なぜかキアロスタミと便所ですれ違う。
「クローズ・アップ」の主人公サブジアンについての新作ドキュメンタリー、ツェイ・ミンリャンの新作を見る。
PPP(釜山プローモーションプラン、映画の企画マーケット)のクロージングパーティー。マーケットへ自分の監督デビュー作を出品していたモハメッドも機嫌がよい。収穫があったようだ。
映画祭関係者と明け方近くまで焼酎を飲む。最悪の二日酔いとなった。
10月13日 木曜日
起きると既に1時。目覚ましを鳴らしたのだが、全く覚えていない。ビデオ視聴室で待ち合わせをした市山氏に謝りの電話を入れ、昼飯のブテチゲを食う。脳は昨日から完全に機能を放棄してしまった。化学醸造の焼酎は思いの外効いて、アルコールはまだ何も消化されずに体中に浸み渡っている。今日一日ダメだなこりゃ、と覚悟。おとなしく映画を見るだけの日にしようと、まず園子温監督の「Strange
Circus」 を見る。父親に冒されて以来、自分を母親と重ねて異常な性癖に突っ走って行く女の妄想と、彼女の作家生活の奇妙な日常を独特のシュール・リアリズムで描いた変態コラージュ。ヘンでおもしろいのだが、それだけで深みに達していないため、途中でどうでも良く思えてきてしまう。つじつまなど全く関係なく世界が一挙に崩壊し、シュールに突っ走る鈴木清純との違いは何なのか、を考え込んでしまう。おそらく通俗性という言葉で集約できるのだろう。感性が通俗に依存することなく、空間と音声の新たな領域を切り開く鈴木清純のクリエイティヴィティは孤高である。が、この作品では残念ながら、感性が通俗化していた。先日、一緒に飲んだだけに今度どう話して良いものか。
その後、Ming Zhang "Before Born" (2005, China) を見る。素晴らしい撮影。海を完璧に撮っている。2部構成のストーリーは、鏡のように似たような事件が反復する。しかし、そこから映画が何処にもゆかないのが問題。形式主義映画をとってみたものの、その先で行き詰まったといいう作品。1ショット中に4,5ヶ月の時間が経つアンゲロプロス・ショット(と私は呼ぶ)など、おもしろいのだが、やっただけに思えてしまう。
Sohrab Shahid Sales "A Simple Event" を見る。深く感動。ミニマリスティックなアプローチでイランの少年とアル中の父親の日常を描く。
で、懲りもせずパーティー。しかし、また同じ顔ぶれ。カルロヴィバリーのジュリエッタ、ベルリンのクリストフにサヨナラを辞し、もう一件ハシゴ。そこで侯孝賢と話す。「撮影当日にロケーション、キャストが変わるとどうしてるんだ?」ときくと、「それだけが全てだと思わないことだ。ロケーション、キャストは他でも絶対見つかると信じることだ」と、誠実な答えを戴いた。また感動。
タヒチビールの店に行って、なぜかボリス・バルネット、サッカーの話題に花を咲かせる。皆が焼酎を飲み出したので、危険を察知。そのまま一人帰る。
10月14日 金曜日
朝からゆっくりとした一日。スクリーニングも全くないので、朝からビデオスクーリングルームで「Don't come knocking」と「オペレッタ狸御殿」を鑑賞。街は関係者の殆どが帰った後で、もぬけの殻。
その後、航空券の払い戻しを行い、クロージングセレモニーへ。閉会式でアワード授賞式。残念ながらコンペ作品Big River は賞にもれた。極寒の中でのクロージングフィルム「Wedding
Campaign」の上映。最低。カイエのフロドンは毛布にくるまって爆睡していた。寒いと映画は本当に長く感じる。その後、パーティーを冷やかして、リチャード、エリックとともに海辺のレストランでシーフード・バーベキューを食し、その後本当に懲りもせず焼酎居酒屋にゆく。そこで偶然PPPのボランティアの飲み会にばったり。ずっと一人の女の子と話す。帰ったのは4時半。5時半に起きて、すぐさま7時にホテルを出なければ行けなかった。
10月15日 土曜日
人がまったくいなくなった釜山。朦朧としたままコリアを後にする。
また戻ってこよう。
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