アストレとセラドンの恋 “Les Amours d’Astrée et de Céladon”

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エリック・ロメール 2007年 109 min
一見、ストローブ=ユイレ的な神話世界かと思えば、写真のような高精細の肖像画入りのロケットペンダントや、原作の5世紀とは思えぬ衣装の選択など、アナクロニスムを積極的に取り入れていて、さらに容易に凡庸なラブシーンに陥りかねない設定を、奇跡的な偶然性を画面に導入することで、映画にしかあり得ないエロスを演出しきってしまうあたりなど、ロメールにしかできない芸当に圧倒される。
オノレ・デュルフェの古典の映像化と聞いて安易に想像してしまう演劇的イメージから最も離れ、男女の具体的なエモーションの交歓に映画を発見する。その手腕は、「モード家の一夜」「クレールの膝」「緑の光線」などの現代劇で見られた、16ミリ的な粒子の上に偶然性を発見してゆくというロメール節に他ならず、オリヴェイラについで高齢でかつ、オリヴェイラ並みに制作ペースを落とさない巨匠が、決して巨匠らしい巨編など一本も撮ることなく、今もなお「飛行士の妻」のような瑞々しい瞬間を創出し続けている、という事実に素直に感動する。と、同時に映画に対してのみキャメラを向け続けていれば、老いというものは虚構上のコンセプトに過ぎず、実制作者は作品ごとに勢いづき、エネルギッシュになるのではないか、とすら思えてしまう。
緑に当たる光線、風の描写は、まさしくルノワール「ピクニック」であり、この豊かな自然の表情は新たな奥行きを作品に与えている。また、アストレ役のステファニー・クレイヤンクール。職業俳優的な演技メソッドに毒されていない瑞々しさが素晴らしく、今しかない彼女の魅力をすくい取ってしまう、老練なロメールの手腕には感嘆するしかない。
溺死したとされる男が女装して女の前に現れ、女同士の関係が近づいてゆくという形で、二人の肉体の接近がもう一度別の形で変奏されるというサスペンス。最後に正体はバレてしまうが、「二度と目の前に姿を現すな」という女の禁止命令は、エロスの高揚によりいとも簡単にひっくり返ってしまう。このどさくさ紛れのうっちゃりにより、全てが肯定されてしまう興奮は、まさしく「緑の光線」「冬物語」「クレールの膝」であり、何度引っかかっても、またしてもロメールの仕組んだ偶然に、感動させられてしまう。そこがなんとも悔しいのだが、また新作が出ると喜び勇んで劇場に駆けつけるのも、また性懲りもなく騙されてみたいからなのである。
“Les Amours d’Astrée et de Céladon” Eric Rohmer 2007 109 min
Initially I thought it was a fictionalized Greek mythology like Daniele Huillet & Jean-Marie Straub. But the Eric Rohmer’s new film enjoys the unique anachronism in very cinematic fashion. For example, his choice of 16th, 17th century costume and the hi-resolution photo-like rocket pendant don’t really fit with the 5th century set-up of the story. Although the dialogs are strictly taken from the original novel by Honoré d’Urfé interactions of the actors were done by usual Rohmer style, i.e. make-believe accidentality like sudden encounter and miraculous come-back. So I would say Eric Rohmer found the modern treatment in his own way.
The man who are thought drowned shows up again before his former lover. She and he, as a daughter of a priest, get to know each other and their friendship grows into lesbian love affair that echoes to the lovers’ past. This erotic suspense could have turned out to be very banal, however Eric Rohmer fantastically engages us into the erotic tension between the two, and that’s when the former lover finds out his disguise and the miracle (I would not say what it is,) happens. We’ve seen this type of well-coordinated surprise in “Summer (Le Rayon Vert)” , “The Winter Tale (Conte d’hiver)”, “Claire’s Knee (Le Genou de Claire)”. Rohmer creates the romantic suspense which holds up our attention and interest, then in the most casual way he introduces the happy encounter or unbelievable discovery of love. We are more than happy to be tricked by his magic again.

Atsushi Funahashi 東京、谷中に住む映画作家。「道頓堀よ、泣かせてくれ! Documentary of NMB48(公開中)」「桜並木の満開の下に」「フタバから遠く離れて」「谷中暮色」「ビッグ・リバー 」(2006、主演オダギリジョー)「echoes」(2001)を監督。2007年9月に10年住んだニューヨークから、日本へ帰国。本人も解らずのまま、谷根千と呼ばれる下町に惚れ込み、住むようになった。

1 Comment

  1. […] エリック・ロメール逝く Éric Rohmer may he rest in peace. By Atsushi Funahashi 新聞記事の訃報が、こんなに冷たく映ったことはない。 「アストレとセラドンの恋」は、遺作という語が想起させる薄暮的イメージから最も遠い、瑞々しい光線とエロスに満ちていた。「飛行士の妻」「クレールの膝」「O公爵夫人」「モード家の一夜」「緑の光線」など、もうロメール印の騙し討ちを見られないということを、まだ納得できない。 知人から借りた「夏物語」のメイキングビデオで、南仏のビーチをスタッフの誰よりも早く駈け、あくまでも実践的な冷静さを失わずに、しかし機敏に動き回る巨匠の姿に、あと10年は映画を撮り続けるに違いないと踏んでいただけに、この悲報は突然すぎた。 […]

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