冷たい雨に撃て、約束の銃弾を ジョニー・トー
Vengeance Johnny To
ハードボイルドな男達の結束を、一台の自転車の4人で撃ちまくるというアクションであればまず、香港ノワールの現場のノウハウを学んでさえいればやってやれなくもないかもしれない。しかし、彼らがいよいよ団結し、敵に向かって4人並んで歩き出したとき(ペキンパー的行進)、そのぼこぼこに打ち抜かれた自転車がまだ無人の滑走を続けており、それが画面を横切るという演出には、手を叩いてブラボーと叫んでしまった。
トー組お馴染みのアンソニー・ウォン、ラム・シュ、ラム・カートンも勿論いいが、その3人とビリー・アリディ という国籍の異なる(元)殺し屋同志が、男の信頼をがっちり結ぶ過程が見事! アリディはホテルで殺しの現場すぐ近くを目撃したのに、警察に対し黙秘することでギャングの一人をかばい、その貸しを利用し3人組に近づき、地下道で全員が一挙に出会う場面は、ジョン・ウー的な、もしくはキン・フー的な、映画純度の高い(=ご都合主義だけが突っ走る)対峙の空間演出。
常に殺しへ向かわなければ行けない殺し屋が、ワイン・ディナーを囲んだり、銃の組立の速さで競い合う遊びをしたり、そんな脱線こそがこのジャンルを輝かせる。まるでJoseph H Lewis が、Big Combo を輝かせたように。目新しいテーマなどない。古くさい、昔からある「復讐」のテーマだが、その主題の空洞化がマニエリスムを助長させ、爆走させる。それがジョニー・トーなのだろう。