1938年 75分 東宝京都
監督:石田民三 撮影:町井晴美
幕末、蛤御門の変の前夜、都に渦巻く戦乱の空気に不安を感じ、取り乱してゆく遊女たちを、定点観測で描く傑作。キャメラは決して遊郭を出ることはなく、男は一人たりとも出ない、オール女性キャスト。男は部屋の外や、遊郭の外の通りから声が、もしくは荒々しい怒声と鍔迫り合いが聞こえるのみで、たとえ遊女あきら(花井蘭子)が心を寄せる長州藩士が手負いで遊郭に転がり込んでこようと木戸をドンドンドンと叩こうとも、遊女たちは決して開けようとしない。それは、戦渦を恐れて尻込みしているからではなく、フレーム内は女人禁制であるというゲームの規則に映画が従順であろうとしているからといえる。長州藩に出向いた母親は二度と戻らず、またどんどん激しさを増す戦乱に耐えきれず遊女たちは全員、退去・避難するが、主人公・あきらとキャメラだけは、執拗にお茶屋の内に留まりつづけ、屋上に上がってすぐ近くまで来ている戦火を見つめ途方に暮れる・・・このレンズの距離の選択は本当に感動的で、お見事というしかない。
いつ戦争が始まるか分からないという遊郭の芸子たちの戸惑いと、制作当時(1938年日中戦争の一年目)の日本人の不安を見事に重ね合わせているという評もあるが、石田民三がどこまで意識的だったかはあくまで分からない。それよりも幕末の戦渦のただなか、時代に翻弄される無名の女性達の群像を描ききる、その視点の確かさに恐れ入った。紛れもない傑作!!