6-1-2022
ヤン監督と母上の関係性が徐々に変化してゆく様をキャメラで記録した「セルフドキュメンタリー」と括ることは、この映画が与えてくれる愛の豊饒さと別れの痛切さ、その背景にある歴史の不条理の引き裂かれるような共存ぶりを言い表したことにはならないだろう。
北朝鮮にどうしてそこまでこだわるのか、なぜ「南」を憎むのか、ヤン監督自身も知らなかった母親の過去が、映画とともに探求され、明らかになってゆく。年老いた母のルーツを知ることが、自らと兄弟たちとの関係、亡くなった父や結婚したばかりの夫との関係も決定的に変化させてゆく。その変容の旅が記録されていた。
それは、見る僕たちにとっても、内にある「BORDER・国境」に対する偏見をゆるやかに溶かす変容をもたらす。地べたの人間同士、特に家族の繋がりはBORDERを超越するものであるはずが、しかし、この混沌とした世界では不可避的にBORDERに縛られてしまうもの。その生き難いパラドクスに涙する。
衰えてゆく母への愛情を込めた視線と、国家間対立による悲劇を深掘りしてゆく視線とがシンクロする時、映画が纏う恐るべき意味の広がりと普遍性に、僕らは感動するしかない。
はっきりナレーションなどで言語的には説明されない「スープ」の意味が、「イデオロギー」と並べた時、映画を見た観客にとり、しかと実感できる構造が素晴らしい。
今年のドキュメンタリー作品では、出色の作品だと思う。