2020年のこと、ある縁でかつて殺人の罪を犯した出所者の男性とお話しをする機会がありました。

(週末など時間あるときに読んでいただけたら嬉しいです)
2020年のこと、ある縁でかつて殺人の罪を犯した出所者の男性とお話しをする機会がありました。
3時間ほどゆっくり時間をかけ、その方の人生のお話を聞きました。
人を殺めるに至った経緯とその後の刑務所での暮らし、出所後の第二の人生について、いま抱いている罪への後悔と反省の念について伺いました。その男性には、過剰とも思える気遣い、ナーバスになりすぎる神経的傾向があり、その心配性の性質(たち)のせいでかーっとなってしまった状況、その時の感情のあり方、心の内が手に取るように伝わってきました。
その話を聞きながら僕が感じたのは、自分も同じような状況に陥ったのならどうなるかわからない、もしかしたら自分も一線超えてしまいかねない、という気持ちでした。
犯罪を犯した人を、やってはならないことをやった人として僕らは線を引いて差別しがちですが、男性の辿った経緯を聞いていくと、そこには生身の人間の葛藤がありました。自分となんら変わらない、一歩間違えば、自分もそちらになってしまうだろうと思える<地続きの感覚>でした。
人は、迷い続け、揺れ続ける不確かな存在です。
出会う人や生きる環境によって影響を受け、変化しつづける。
僕自身も、些細なことに心を動かされ、迷いながら日々生きています。
だからこそ、自分となんら変わらない人が犯罪を犯してしまったとき、彼らを刑務所に放り込んで、痛い目に合わせて、出所後も日陰で暮らせばいい、としている社会は、本当にそれでよいのだろうか、と躊躇いを感じています。
社会的に決して赦されない犯罪を犯した人間は、罪を償うための刑は受けるべきでしょう。
その刑を受けた後は、どうなるのでしょうか?
出所者の人生は、そこから続いていきます。
実際、その男性もいくつかの仕事を転々としつつ、いまは建設関係の仕事に就いていました。
「元殺人者としての社会の厳しい眼差しは常に感じるし、自分は一生それを背負ってゆくのだろう」と言ってました。
彼のように一度罪を犯した人は、もう「社会的に赦される」ことはありえず、一生日陰で生きてゆかなければいけないのでしょうか。実際、更生のきっかけを得られず社会の隅に追いやられ、再犯を犯してしまう出所者は少なくありません。
日本の再犯者率(犯罪者の中で、再犯者が占める割合)は世界的にも高く、50%に上ります。EU諸国(多くは25-30%)に比べても随分高く、むしろ世界最悪のアメリカ(60%代後半)に近い。
その大きな原因の一つに、「過ちを犯した人に非常に厳しい日本社会」の側面が大きくあると僕は感じています。
ネット空間での誹謗中傷が無秩序に広がっていっている中、「自業自得」とか、「自己責任社会」という言葉があちこちで飛び交い、どんどん生きにくい社会になっているという感覚はないでしょうか。過去の過ちがネットで暴かれ、徹底的に叩かれ、カムバックできないほど社会的制裁をうける人が多くみられます。キャンセルカルチャーが加速的に世界で進んでいます。
不確かで変わりやすい存在である人間は、更生する可能性も大きく秘めているはずです。
その変化の可能性(可塑性といいます)をもう少し信じてあげられる社会になった方がいいのではないか。
「過去にやらかした人はアウト」と差別する自己責任社会に必要なのは、この人間の不確かさへの包容力だと考えています。
そんなことを考えていたとき、心打たれる活動に出会いました。
受刑者の採用を支援する就職情報誌「Chance!!」(株式会社ヒューマン・コメディ発行)です。諸外国では国や官庁が行なっていることを、日本では民間でやっている。社会の受け皿を広くするための素晴らしい活動だと思いました。いろいろ取材させて頂き、それが強烈なインスピレーションとなりました。
<過ちを犯してしまった人>の迷いと揺れ、犯罪に対する心の底からの後悔を描き、見ている人に我が事として、「自分が/自分の親しい人が、罪を犯してしまったら・・・?」という<地続きの感覚>を共感してもらう。
そして、より包容力のある社会の大切さを心に感じてもらえるような映画を作りました。
それが「過去負う者」です。
いまの社会で、多くの人に見ていただく意味のある映画だと感じております。
ぜひ、応援してください。
舩橋 淳 (映画監督)
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Atsushi Funahashi 東京、谷中に住む映画作家。「道頓堀よ、泣かせてくれ! Documentary of NMB48(公開中)」「桜並木の満開の下に」「フタバから遠く離れて」「谷中暮色」「ビッグ・リバー 」(2006、主演オダギリジョー)「echoes」(2001)を監督。2007年9月に10年住んだニューヨークから、日本へ帰国。本人も解らずのまま、谷根千と呼ばれる下町に惚れ込み、住むようになった。

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